• webに繋がらないで書くということ

    昨日、数年の間、気になっていた入力デバイスのポメラ(pomera)を初めて購入した。マニュアルを軽く読んだあと、早速この記事を書いている。webに繋がらないで何かを書くということは、当たり前のようでいてそうではない。ポメラで書いている間は、webを気にすることなく、文章を書くことに専念できる。その特徴のためだけにこれを購入した。

    自分の場合は1996年から使っている初めてのパソコンであるMacintoshや携帯電話も、そして2011年からのiPhoneも、ずっとwebに繋がりっぱなしだった。

    オフラインという状態を自分は好んでいて、よく全ての端末の電源を切って、音楽を聴いたりラジオを聴く時や紙の本を読む時は心理的にほっとする。常にインターネットに繋がることが当たり前の前の時代を生きていた時があるせいか、オンラインとオフラインを妙に自分はこだわっている。

    確かにオフラインの状態でここまでキーボードを打って文章を書いてみると、確かに違う。これは初めての体験だ。この端末で文章を書くことを「没入感」という言葉で表現される方をwebで散見した。webに繋がらない、ただそれだけでこうも快適に静かにその没入感をもって文章を書くことに集中できる。今年のベストバイと言っても過言ではない。

    webに繋がっているということがもしかして、とても複雑なことなのかもしれない。つまり自分が好むシンプルではないということだ。それに気づくまで四半世紀を超えて、27年の時を要した。

    しかし、自分はポメラを知ってしまった。このようにwebから離れて快適に文章を書くことが積み重なったとしたら、今後の執筆ライフはストレスがかなり軽減されるに違いない。書くことは、ほぼ毎日のことなので、そのことが書く内容にまで影響力を持つにだろう。入力方法を変えただけで、書く内容まで変わるのはすごいことだ。

    webに繋がらないで書くということは、静かな図書館で作業することに似ている。まさに「没入感」を得ることがとても大事なのだ。ポメラに出会えて良かった。

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  • タイムラインの外側で

    今年は、いつになくwebで頻繁に交流できた年だった。note、Instagram、Xそれに時々Reads。この4つのsnsさえあれば、初めての人から常連さんまで楽しくやりとりが出来た。

    その一方で、広い広いwebでゆったりと自己表現をしたい欲求もあった。それが自分にとってはBlogだった。Blogは、更新してもそれ自体に反応を得ることは少ない。昨年(2024年)の暮れに立ち上げてから、一度もメールを受信したことがない。コメント欄も閉じて運営している。それでも、Xや他のsnsと連携して更新のお知らせをするといいねやスキの反応が得られる。その数は極めて少ないのだが。

    Blogのプロフィールのページには、2001年からの活動を漏れなく記載することができた。自分は写真、読書記録、エッセイと自己表現のフィールドが3分野にまたがっているので、年代も合わせて記せて自分の歴史を網羅できて満足している。

    タイムラインの外側で

    他のsnsと連携はしても、Blog自体は単体で存在している。webにsnsがまだなかった頃を知る自分にとってBlog回帰は、とても懐かしい気持ちも思い起こさせてくれた。

    Blogにはタイムラインがない。こつこつと記事を書いて重ねていくだけだ。しかし、その自分の分身とも言える言葉や写真の欠片をwebにプールしていくことは、とても心地が良い。自分が好きなお気に入りの本を本棚に重ねていくように、自分がお気に入りの洋服を部屋に揃えていくように。

    いつ頃だったか、snsが初めて登場した時、そうmixiが2004年にサービスが開始された時。その頃、誰とでも交流できていたwebサイトの運営に慣れていた自分は、mixiに入っていって限られた人で交流するのがとても息苦しかった。何度か会員になっては退会を繰り返して、結局最後には完全に退会してしまった。

    Blogはとても心地よい。最新のデザインとは言えないが自分ができる範囲で運営を楽しんでいる。

    きっとバランスなんだと思う。snsの親密な交流、そしてタイムラインの外側の広いwebでの活動。

    時々息が詰まりそうな場所から抜け出して、タイムラインの外側でテキストを打ちながら呼吸を整える。自分にとってBlogは、そんな欠かせない場所だ。

  • 淡いXmasソングを聴きながら

    幼稚園の頃は、教会幼稚園に通っていたのでXmasとは無縁ではなかった。高校の時の彼女がクリスマスイブ生まれだった。思い出深い記憶もあいまって、この時期のことは他人事ではない気がする。子供の頃から大人になってもXmasを楽しんだ。独身なのでケーキを買って祝うようなことも段々しなくなったけれど、今はXmasを味わうのに素敵なものがある。

    懐かしい音楽が入ったカセットテープである。

    3年ほど前から中古の音楽が収録されたカセットテープを購入して、よく聴くようになった。レコードは傷をつけてしまうのが苦手で手は出さなかったのだが、x(旧twitter)のタイムラインでテープが懐かしく再生される姿の動画を見た時は胸がぎゅっとなった。再び流行りだしたカセットテープが、気軽に専門店から通販で購入できると知った。

    1988年に初めてCDラジカセを買ってからも、しばらくはカセットテープを聴いていた。その内、MiniDiscつまりMDが出回るようになるとTSUTAYAから借りたCDのダビングは、それに取って代わっていった。

    段々と便利になっていった。しまいには、データで音楽を聴くようになってしまった。

    歴史が逆戻りしてリバイバルするのを、フィルムカメラの復活で知っていた。だからもう戻るはずのないと思っていたカセットテープが、今でも再生できると知って喜んだ。

    以来、カセットテープの通販専門店で、自分が若かった頃の音楽テープを中古で買って聴くようになった。再生するためのカセットデッキは、オークションで購入したり新興ブランドが今の技術で作った新品のポータブルプレーヤーを買ったりした。

    中でも、Xmasソングが入ったカセットを買って迎えたXmasシーズンは、心が和んだ。自分自身は音を聞き分けるほどの耳は持っていない。けれどクラッシックな聴き方で聴くアナログな音楽は、デジタルに慣れた自分にとって身に染みるほどだった。

    あれから3シーズンくらいが経ち、Xmasソングのテープは6本に増えた。

    歳をとって懐かしいテープの音楽を聴くのはまた趣がある。進歩続ける技術には、実現できないものがある。ファッションも10年周期で、同じようなスタイルが流行る。今日まで、再生に耐えうる製品を作っていたのだから、ブームが再燃して復活してよかった。

    世代によって誰にとってもタイムマシンのような機能を果たすアイテムがある。それが息を吹き返すことで、淡い頃がただ蘇り安らぎになる。

  • あなたに出会えたから

    年の瀬の慌ただしさの中、静かな聖夜の前に今年の2025年を振り返る。再開したnoteで200記事近く記事を書いた。書くモチベーションを保てたのも、読み合い書く仲間がいたおかげだと思う。

    モチベーションになったのは、書くことで既存の仲間からの反応があるのはもちろんのこと、その記事を書くことで新たな仲間からの反応がもらえることだった。

    思えば、webで何かを書いたり写真を撮って記事を更新していくのは、自分自身を表現して誰かと出会いたいという気持ちが強いからなのではないだろうか。

    今年は、かけがえのないあなたと出会うことができた。webで表現してこなかったら、出会えなかった人達だ。5月と11月に今住む地方から飛行機で駆けつけた文学フリマ東京では、オフラインで直に会うことができた。自分が、写真を始めた頃には写真展やアートフリマがその機能を持っていた。

    今、住む地方はそういったイベントや場所が極めて少ないので、オフラインで会える機会は貴重だ。文学フリマがあったからこそ、交流して記事の更新が維持できたのだと思う。

    今年は、あなた達と出会えたから特別な年になった。たった一度でも会えたことが、自分の力になってくれる。ずっと自分がwebで自己表現を続けているのは、掛け替えのない人達と出会うためだと言っても過言ではないだろう。

    来年2026年は、ほのかな希望ではあるけれど自分が書いたエッセイを手に取れる形にしたい。具体的に言ってしまえば小さな本にしてみたい。5月には無理でも秋頃には、イベントにも参加してみたい。

    そんな自分は、Blogでゆっくりとエッセイを書いていきたい。月が変わってしまえば、あっけなく新年が来るだろう。今年という年が過去のものとなってしまう。けれど、これから迎える2026年は希望であって欲しい。脈々と自分の表現が続いていくように。

    今年の夏、永眠した母もきっと見守ってくれているに違いない。

  • 「随筆復興」のシーンの入口で

    2025年という今年を振り返ると、2月に『エッセイストのように生きる』(松浦弥太郎 著)を読んで、自分が書いている文章が初めてエッセイだと自覚した。エッセイという言葉は知ってはいたものの、その言葉の意味を深く考えたことはなかった。エッセイを書きながら、同時にエッセイとは何かを考える年だった。

    4月に創刊された『随風01』という文芸誌を手にしたのがきっかけで、巻頭の随筆を飾った文芸評論家・エッセイストである宮崎智之さんの作品(『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』)に初めて出会った。宮崎さんは『随風』の企画人でもある。文学フリマ東京41にもお邪魔して初めてお会いでき、書籍を直接購入する機会を得た。

    自分自身は、エッセイを自分のnote(https://note.com/86bunko)に一年で計200記事書き連ねていくことになった。文章自体は、小学校から書くのが好きだった。大学を卒業してから、ホームページやwebサイト、Blogと形式を変えながらも文章を書くことが続いたのは少ないながらも読者の反応があったからだ。

    写真やデザインと同じように、自分の書く文章が好きだと好意的なコメントや反応をしてくれたりしたことが、自分が書く燃料となっている。

    『随筆復興』という宮崎智之さんが掲げるスローガンは、じわじわと自分にも響いてきた。エッセイというシーン、ムーブメントがwebやリアルを通して自分を包み込む。エッセイを書いて発表するという条件をクリアすれば参加できる。アマチュアである自分も、「エッセイスト」を名乗るようになった。

    写真でもかつて2005年頃にLOMOというロシア製のカメラで撮った写真のムーブメントがあった。そのシーンの最低条件は、LOMOのカメラで写真を撮ることだった。その当時、自分はそのカメラで写真を撮ることにのめり込んでwebサイトで公開していった。果ては、写真展を開きwebの向こうで写真を撮るロモグラファー達との交流を交わした。

    『随筆復興』の入口に立つには、エッセイを書くこと、エッセイを読むこと。それらが必要であると思う。逆に言えばそれだけで入口に立てる。そのことが自分の気持ちを楽にさせた。もちろん優れたエッセイを読みながら、切磋琢磨しながら良い作品を書いていきたいと思う。

    LOMOの写真のムーブメントは数年で下火になってしまったけれど、写真という文化は脈々と現在も続いている。

    自分が注目して、表現者となったエッセイは歴史のページに一文字一文字刻んで続けていって欲しい。そのシーンの入口にやっと立てた自分は、これからその中に足を踏み入れてゆく。2025年という年に自分自身がエッセイストと名乗って、エッセイを書き始めたことをいつか振り返りたい。

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